「つらさが普通じゃないなら、幸せも普通じゃなくていい」
私がこの考え方にたどり着くまで、とても長い時間がかかりました。
きっかけは2025年の秋。
大学を中退してから約7年、やっと正社員になれる!と思って入った会社を短期離職したあとのことです。
まさか1ヶ月で仕事を辞めるとは思っておらず、これからどうすればいいのか途方に暮れていました。
また、仕事がない日々というのもかなり久しぶりのことで、一言も発さず終わる日もあるなど、孤独な日々でした。
そしてそのとき、良くも悪くも「自分はひとり」であることを改めて実感しました。
私は人付き合いが苦手で、誰かと深い関係になることが難しいです。
そのため、友達と言えるような人はほとんどいません。もちろんパートナーもいないですし、母と弟とは不仲で連絡もとっていません。
唯一、父だけは私を心配してくれますが、自分のメンタルを守るには母と関わらない方が圧倒的に安全なので、一時的にでも両親のいる実家に戻るという選択肢はありませんでした。
以前自己紹介としてお伝えした通り、私はうつ病と発達障害(ADHD)です。
それだけでも生きていくのが大変だというのに、生まれ育った環境は決していいものではなく、大学は中退、服薬により大幅に体重が増加したり、人付き合いとお金の管理が苦手だったり…
私はそれなりに大変な人生を送ってきて、つらい思いもたくさんしてきたつもりです。
仕事や人間関係、毎日の生活… やるべきこと、改善したいことは山積み。
でも、八方塞がりで身動きが取れない。
私は一生つらいままなのかなと思い、より一層つらい気持ちになる毎日でした。
しかしある日…
おそらく今までで一番孤独な日々を送っていく中で、気付いたことがありました。
それは、良くも悪くも「自分はひとり」。
つまり「自分のことは自分で幸せにするしかない」ということです。
今まで私は「幸せ」というと、結婚して子供がいたり、友達と楽しい日々を過ごしたり、親兄弟と仲が良かったり…
それが「幸せ」だと強く思っていました。
そしてその幸せを、私が手に入れるのはとても難しい。その現実に対してつらい気持ちになっていました。
でも、世間一般の「幸せ」になれなければ不幸なのかというと、そうではないと私は思います。
「自分のことは自分で幸せにするしかない」というのは、自分のことは自分で、「自分の思う幸せ」にする、という意味です。
私はそれなりに大変な人生を歩んできて、「普通」とはかけ離れています。
それならば、幸せも「普通」でなくていい。自分が幸せだと思えればいい。
それが冒頭の言葉に繋がります。
ここまでとても長い時間がかかりました。
でも、すごく大切なことに気付くことができました。
「自分で」「自分の思う幸せ」を掴む。
おそらくそれが、私の人生の課題なのでしょう。